『エアガール』のモデル企業JAL設立の歴史や背景について!

2021年ドラマ

広瀬すずさんが主演するドラマ『エアガール』がテレビ朝日系列の放送局で放送されました。

放送後も、ドラマ『エアガール』についてはJALや航空業界について興味をもたれた方が多くいるようです。

そこで、本記事ではドラマ『エアガール』のモデル企業JAL設立の歴史的背景について説明します。

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『エアガール』のモデル企業JAL設立の歴史や背景について!

ドラマ『エアガール』には原作があるんですね。

『日本航空一期生』(中丸 美繪著)を原作としてドラマが制作されています。

この原作本は、日本航空(JAL)で初めてCAになったいわゆる、日本航空で最初に客室乗務員になった人たちにインタビューをして物語が構成されているんです。

ですから、『エアガール』の物語はある程度、航空業界の史実にそって描かれている考えられます。

そうすると、エアガールの物語は航空業界の物語そのものとなりますね。

もちろん、広瀬すず演じる佐野小鞠や、他のキャストの人間どうしの関わりは、ドラマをみるまでわかりませんが、ドラマの大筋の物語は把握できるということになります。

では、簡単に物語のネタバレをお伝えしたいと思います。

JAL設立の歴史 ①背景GHQの支配

では、最初に『エアガール』が描かれた時代背景を簡単にお伝えします。

背景は、私が別記事で掲載したものに書いてありますので、転載しますね。

ドラマ『エアガール』の舞台になる時代は、第2次世界大戦で日本が敗戦を受け入れた時まで時間を遡ります。

1945年当時、日本を占領下においた、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が最初に行ったことって、日本の空を奪うことだったんです。

そのために、日本に残っていた、飛行機を焼き、生産工場や設備を破壊することから始めたんですね。

理由は、戦時中の日本の航空技術は、世界に秀でいて、日本の戦闘機である零戦(ゼロ戦)は戦闘力は抜群だったこと。

また、第2時世界大戦中は、年間2万5千機もの航空機を生産する能力をもっていたからなんです。

GHQとしては、その日本の航空技術が怖かったんでしょうね。

そのためGHQは、さらに『運輸省航空局』を解体したということですから、念には念をいれて日本の航空産業を破壊したかったと思われます。

1950年、<GHQによる日本の航空産業の解体の潮目が変わった>んです。

それは『朝鮮戦争』の開戦です。

GHQが、日本の優れた航空技術を、朝鮮戦争の後方支援に使おうと考えたからなんですね。

そこで、軍用機の整備や補修を日本の企業に委託すると同時に、GHQは民間企業での航空会社の設立を認めたんですって。

その時に誕生したのが、『日本航空株式会社』なんです。

『日本航空株式会社』は1951年8月に発足し、現在、みなさんがJALって呼んでる会社がスタートすることになるんです。

引用:本ホームページの別記事:『エアガール』の実在モデルはいるって本当?

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JAL設立の歴史 ②日本航空設立

1950年に勃発した朝鮮戦争が、日本の航空業界の復活につながる出来事だったことは前章で述べました。

そしてGHQが朝鮮戦争の後方支援のために日本の航空技術を利用しようとしたんですね。

また、同時にGHQは航空会社の設立を、日本の民間資本に認可することにしたんです。

その時、GHQの認可枠は1社のみだったにもかかわらず、5つのグループがたった1社の認可枠を獲得するに奔走したとのこと。

この5つの意見を調整して一本化をした人物が、藤山財閥の藤山愛一郎氏です。

藤山愛一郎氏は、1951年8月に設立された『日本航空株式会社』の初代会長に就任することになります。

『日本航空株式会社』は、資本金1億円で設立されたということですから、戦時当時としては莫大な資本金だったことがわかると思います。

当時、所有していた機材は、ノースウェスト航空から運行乗務員ごとリースしたのですが、リースした機材は、マーチン202型2機とダグラスDC-4型4機だったということです。

そして日本航空の初就航は、1951年10月25日 札幌ー東京ー大阪ー福岡間だでした。

広瀬すず演じる佐野小鞠もこの路線に乗務したことでしょう!

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JAL設立の歴史 ③もく星号墜落事故

JAL設立の歴史で切り離せないのは、マーチン202もく星号の墜落でしょう。

事故がおきたのは、1952年4月9日、東京(羽田)を出発(7:42発)し、大阪を経由し福岡に向かう予定のもく星号(日本航空301便)が、伊豆大島の三原山に墜落したのです。

当時の交信記録では、午前7時57分にもく星号の機長からの交信を最後に、7時59分ごろ伊豆大島付近で消息をたったとのこと。

当時の伊豆大島は、暴風雨と濃霧という悪天候だったのです。

消息をたった直後に大規模な捜索がおこなわれたのですが、事故当日にもく星号は発見されなかったとのことです。

もく星号が発見されたのは、翌日4月10日に、日本航空の所有する てんおう星号によって三原山噴火口の東側1kmで発見されたのです。

この時の犠牲者は、乗客33名、乗員2名(外国人)、乗務員2名(日本人)で生存者はなかったようです。

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JAL設立の歴史的背景 ④ライバル会社(ANA)の登場

『エアガール』で、欠かせないシーンは、やはりライバル会社の全日空の存在ですね。

全日本(ANA)の元となる、日本ヘリコプター輸送株式会社は1952年10月21日に発足します。

発足当時は、ヘリコプターを使用した旅客、貨物輸送を主たる事業としたのですが、1953年10月には航空事業の許認可を取得したんです。

そして日本ヘリコプターの記念すべき航空事業の初就航は、東京ー大阪間をデ・ハビランド104(8席)だったので、日本航空よりも、かなり小規模でのスタートだったんですね。

その後、日本ヘリコプターは、日本航空から機材を借用するかたちで、路線を増やしていきます。

また、日本ヘリコプターは、赤字航空会社の極東航空を合併するなどして、1958年に『全日本空輸株式会社』(ANA)が登場することとなります。

この時、ANAは、26機を保有し、日本19都市に就航するまでになっていたとか。

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JAL設立の歴史 ⑤国際線初就航

ANAが国内で事業を拡大していくのを尻目に、日本航空JALは、1954年にサンフランシスコ線を開設します。

日本初の国際線ですね。

しかし、当時の国際線の空は、戦勝国の航空会社に占拠するつつあったと言います。

JALは、日本のビジネスマンが世界で活躍するのに応じて路線拡大をしていきます。

そしてJALは急ピッチで、国際線ネットワークの拡大に奔走したんですね。

『エアガール』では、広瀬すず演じる佐野小鞠もこの、JALの国際化の波をしっかりと経験していくことでしょう。

↑ドラマの中では佐野小鞠さんは退職していました。

この当時の日本の空は、国際線は、最新機材を使って外国の企業と競争をするJALと、JALの中古機材を使って国内線を就航するANAという形で棲み分けされていたのです。

もちろん、この状況をANAはヨシとしていたわけではなく、いつかはJALに追いつけ追い越せと、ライバル心を燃やして、いたようです。

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ドラマ『エアガール』のみどころ

これまで、ネタバレを書いてきましたが、ドラマ『エアガール』のみどころは、広瀬すずが主演するということ以外に、『日本の空の歴史』を知る事ができるということです。

日本の空の歴史は華々しい歴史ではありません。

むしろ、日本の空の発展を夢見て奔走してきた『飛行機野郎』達の努力の上になりたってきた歴史なんですね。

これがみどころのひとつですよね。

他には、飛行機や旅行、CAに興味がある方が、日本航空のCAの初期の服装を見るなんていうのも楽しみにしても良いと思います。

また、ここまで具体的にやるかどうかは、不明なのですが、JAL vs ANAのライバル企業の航空業界をめぐる競争の歴史を知ることも、飛行機を好きな人にはたまりませんね。

↑も放送では、佐野小鞠さん退職済でしたね。

日本の旅行者には、JAL派、ANA派、LCC派などがいますので、航空業界のルーツを知る事は楽しいと思います。

私は、ANA派なんですよね。笑

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まとめ

ここまで、ドラマ『エアガール』のネタバレとなる日本の航空業界の背景や、さまざまな出来事について情報をお伝えしてきました。

私は、旅行が好きなのでコロナが流行する前は、月に2回のペースで国内外を旅行してたんですよね。

なので、自分の利用する航空会社にこだわりファンになって利用してきましたので、航空会社のサービスや歴史などは、ものすごく興味のあるところです。

ドラマ『エアガール』は、飛行機、旅行好きにはたまらない話でしたね。

 

佐野小鞠さんの実在モデルについて記載してます

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